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【自動車】メルセデス・ベンツという日本で一番メジャーな外車メーカー

自動車

日本において外車というと真っ先にイメージされる名前が「ベンツ!」なのだと思います。しかし正式には「メルセデス・ベンツ( Mercedes-Benz)」という名前の自動車ブランドであり、本国ドイツやアメリカなどでは「メルセデス」と略すのが普通のようです。

 

それはさておき、メルセデス・ベンツの歴史や「なぜ日本でこれほど人気のある”高級外車”」となったのかを解説していきます。

 

メルセデス・ベンツ・・・とは?

日本では「ベンツ」と呼ばれ、少なくない方が「メルセデス・ベンツ」という会社だと誤解されているでしょう。先にも書きましたがブランド名が「メルセデス・ベンツ」で、製造販売をしている会社はドイツの「ダイムラー社」でした

 

「でした」というのは最近のことですが、社名を「ダイムラー社」から「メルセデス・ベンツ社」へ変更したからです。しかし2021年2月3日まではダイムラー社だったのです。

 

つまりベンツの歴史と言えばダイムラー社の歴史のことになります。世に言われる「世界最初の自動車メーカー」であるダイムラー社の歴史を見ていきましょう。

 

世界最古の自動車メーカーの歴史

1883年(明治16年)ドイツ人技術者のカール・ベンツが設立したベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク(長すぎなので以下「ベンツ社」)という会社が、世界最古の自動車会社と言われております。

 

1886年には「ガソリンを動力源とする自動車」の特許を取得し、数年後には自動車を量産していました。凄いですよね。

 

このベンツ社から遅れること7年後の1890年、ともに技術者のゴットリープ・ダイムラーヴィルヘルム・マイバッハがダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(これも長すぎなので以下「DMG社」)を設立し、自動車製造・販売を開始しました。

 

このDMG社を経営支援したオーストリア人実業家(エミール・イェリネック)がいて、DMG社がレーシング活動に参戦するにあたりイェリネックの娘の名を冠した車を投入しました。その名前が「メルセデス」です。

 

経営危機とベンツ社DMG社の合併

1918年に第1次世界大戦でドイツは敗北し、ハイパーインフレと経済危機がベンツ社とDMG社を直撃します。経済危機は長引き、1926年にベンツ社とDMG社は合併し「ダイムラー・ベンツ社」となりました。

 

この合併により発足したダイムラー・ベンツは販売する全ての自動車を「メルセデス・ベンツ」ブランドとすることを決定し、それが今まで続いています。

 

その後ほとんどのドイツ企業が避けられなかったであろう「ナチス・ドイツ」への戦争協力を経て、敗戦の翌年1946年には生産を再開しています。生命力が強いですよね。

 

ただ戦争中の強制労働の賠償金の支払いや、ドイツ経済の混乱などもあり本格的に復活するのは1950年代以降です。

 

それからは「質実剛健」なモノづくりと「最善か無か」の企業スローガンのもと数々の名車を世の中に送り出しました。この時期のメルセデス・ベンツの車は「世界の模範」と言っても言い過ぎではなかったでしょう。

 

そこからグローバルな競争になり、新たな試練が襲います。

 

日本車の脅威とグローバリゼーション

1980年代に入り世界最大のアメリカ市場で日本車の躍進が顕著となってきました。自動車後進国だった日本の車が「安かろう悪かろう」という評価から「安価で経済的」という評価へ変わり、なおかつ生産性の高さも注目を集めた時代です。

 

そこから1990年代にかけて「日本の経済が世界を席巻する」時代だったのかもしれません。

 

ダイムラー社もそんな状況に対応し、利益率改善やコストダウンを行うことになります。ところがそんな取り組みが仇となり、それまでの名声や評価を裏切るような製品を世に送り出す結果となりました。

 

特に1997年あたりから2001年くらいまでのモデルは評判が悪く、その頃にはそれ以前の中古車の方が人気があるという状況でした。

 

「低迷期」を脱して以降

2000年代に入り品質改善に努め、いまのメルセデス・ベンツはかつての威光を取り戻したと言えるのではないでしょうか。

 

どんなことでも「原点回帰」は重要なことですが、メルセデス・ベンツもそれを成し遂げられたようです。先端技術を意識しながらも、信頼性に重きを置くという会社の方針が感じられる車ばかりです。

 



なぜ日本でベンツは高級車の代名詞なのか?

今でも「メルセデス・ベンツ=高級車」というイメージが根強い日本です。確かにお高い車を販売している自動車メーカーですが、このようなイメージが根付いた理由があるのです。

 

天皇「御料車」としてのメルセデス

戦前のお話ですが、天皇陛下のお乗りになる「御料車」の3代目として「グロッサー・メルセデス」が計7台輸入されました。1931年(昭和6年)から1935年(昭和10年)のことです。

 

凄いことに戦争を終え1969年(昭和44年)まで使用されました。実に35年ほどの期間です。ちなみにこの7台のうち1台はドイツ・シュトゥットガルトにある「メルセデス・ベンツミュージアム」に展示されています。

 

本来であれば御料車としてのお役目を終え、そのまま世に出るのは恐れ多いので解体されるはずの車両でしたが、メルセデス・ベンツ社の懇願により特別に寄贈されたそうです。一度は目にしたいものですね。

 

インポーター「ヤナセ」によるイメージ戦略

もともと品質の高いメルセデス・ベンツの車でしたが、「高級車」としてのイメージが確立することとなった最大の理由がメルセデス・ベンツ正規輸入業者だった「ヤナセ」のイメージ戦略でした。

 

戦前から高級外車の輸入販売を手掛けていたヤナセですが、戦後も同じ路線で成長し、特にメルセデス・ベンツを中心に据えた富裕層向けの「輸入車=高級車」というブランド戦略が見事にハマりました。

 

よく言われることですが、メルセデス・ベンツはフルラインナップの自動車メーカーで、廉価グレードもあり本国ドイツではタクシーにも使われています。しかしヤナセはあえて高級なグレードの投入に絞り、イメージの確立を成功させました。

 

今でこそメルセデス・ベンツの販売はヤナセだけではなく、メルセデス・ベンツ自体の子会社がメインとなりましたが、やはりヤナセの影響は大きいものなんです。

 

まとめ

今回はメルセデス・ベンツという会社と、なぜ日本でメルセデス・ベンツ=高級車となっていったのかに絞って解説しました。

 

実際に触れてみると真摯な車作りを体感できますし、本当に耐久性に優れた高品質な車だという事が実感できます。高級車であることは、少なくとも日本では事実ですが、だてに「世界最古の自動車メーカー」というだけのことはあります。

 

機会があれば是非メルセデス・ベンツに触れてみましょう。触れるだけならタダなので。

 

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